法話

法話(オンライン法話のテキスト版です)

令和7年 8月 法話
8月のオンライン法要のご縁をいただきお取り次ぎさせていただきます。
2025年は戦後80年という節目の年を迎えます。平和を願い、悲惨な戦争の記憶を風化させないように、全国各地で様々な取り組みが行われています。
私は、学校の平和学習で学んだ程度の知識しか持ちませんし、戦争を生き抜かれた方々に比べ、何の不自由もない時代しか生きていません。そのような中で、小さな取り組みかもしれませんが、今の平和は、過去の戦争によって犠牲となられた方々の上に成り立っていると意識して、もし、その時代に生きていたら、どのように感じて、どのような行動をするのか、他人事と思わずに考えてみる事も、そのひとつだと思います。
現在の世界に目を向けて見ますと、国同士の戦いや内戦なども含めて、市民や小さい子供達を巻き添えにした戦いは続いています。また、世界で起こっている紛争問題をきっかけとした新たな戦争が起こる可能性はゼロではありません。
残念な事ではありますが、歴史を振り返ってみても人間はいつの時代も戦争を繰り返しています。世界最古の戦争については様々な見解があるようですが、記録に残っているいちばん古い戦争は紀元前2700年に起きた、シュメール(今のイラク)とエラム(今のイラン)の間の戦いで、主な原因は、土地と資源だったようです。その他、紀元前にも数多くの戦争の記録が残っているようです。
紀元後も戦争は繰り返され、11世紀末から13世紀末にかけては、十字軍のようにキリスト教とイスラム教が対立した宗教的な要因が絡む戦争がありました。その後、有名なナポレオン戦争やアメリカ独立戦争などが起こり、20世紀に入りますと、第一次世界大戦、第二次世界大戦といった世界的規模の戦争が発生し、第二次世界大戦時の1941年に起こった太平洋戦争では、日本においては、軍人や民間人を含む約310万人が犠牲になりました。
この、第二次世界大戦では、世界全体で約6千万人が亡くなるという、人類史上、最も多くの人々が命を失う戦争になりました。
第二次世界大戦後にはアメリカとソ連を軸とした東西冷戦、21世紀に入ってからも世界の各地での戦争や紛争は続いており、そして、ロシアによるウクライナ侵攻はいまだに収束の兆しが見えません。
このように人類史を振り返ってみても、幾度も残虐な戦争が繰り返され、多くの方々が亡くなっているにも関わらず、時間の経過とともに体験を語り継ぐ方がいなくなり、やがて歴史上の話になってしまいます。
なぜ、人間は戦争を繰り返してしまうのか。領土や資源の奪い合い、民族や宗教の対立など様々な原因が存在すると言われています。また、テレビ番組で有名な池上彰さんは、自身の著書『なぜ、世界から戦争がなくならないのか?』で、戦争によってお金が動き、潤う企業があり、戦争はビッグビジネスになっていると記されています。人間はどんどん浅ましくなっているように感じます。もしかしたら私自身、今この時の中で、間接的に何らかの戦いに関わっているかも知れません。
また、生まれ育った環境や性格、自分が良いと思う基準にも違いがあります。人種によって正義感も違いますし、信仰する宗教も様々です。多様な価値観が生まれ、様々な意見があって当然です。しかし私達は、物事を自分にとって都合がいいように解釈し、意見の近い人同士で仲間になり、意見が違う人を遠ざけてしまう。このような事が争いの原因となり、その最たるものが戦争ではないでしょうか。
いつの時代も、人間は自己中心的な生き方しかできないようです。また、私自身を振り返ってみても、そのような人間の一人である事は間違いなさそうです。
親鸞聖人が記された『一念多念文意』というお書物のなかには、このような言葉が記されています。

「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえずと

「凡夫」というのは、わたしどもの身にはあるがままのありようを理解できないという、最も根本的な煩悩、迷いの根源が満ちみちており、欲望も多く、怒りや腹立ちやそねみやねたみの心ばかりが絶え間なく起り、まさに命が終ろうとするそのときまで、止まることもなく、消えることもなく、絶えることもないと記されました。

人間は、自己中心的で、お互いに自分が正しいと主義主張を振りかざす愚かな存在であります。そのような私達を救いの目当てとされ「あらゆる人々を平等にすくいたい」という阿弥陀様の願いがかけられていると気付かされた時に、お互いの命を尊重しながら、お互いに敬い合える社会が生まれてくるのではないでしょうか。
戦争が起きた状況では、人間は綺麗事だけでは生きられないと思います。人間は自分が正しいと思った時に残酷な事をする生き物です。そのような人間の姿を振り返りつつ、世界の各地で起こっている戦争や紛争について関心を持ち続け、自分にできる事を考えてみる。
親鸞聖人のみ教えに導かれて、お念仏の道を歩む者として、我が身を振り返りながら、心穏やかな社会の実現に向けて、今一度、考えを深めていく事が大切ではないでしょうか。


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