法話

法話(オンライン法話のテキスト版です)

令和8年 1月 法話
今月は「中陰」について話をさせていただきます。

 人が亡くなられて四十九日の間が「中陰」と呼ばれる期間です。遺族にとって深い悲しみにある時です。
 亡くなられた日から数えて七日目(命日からまる六日)が初七日。例えば一月一日に亡くなれば一月七日が初七日となります。その後一週間ごとに二七日、三七日、四七日、五七日、六七日、四十九日とあり、それぞれお勤めします。これを中陰法要といい、四十九日は中陰の期間が満了するという意味で満中陰といいます。
 地域によっては「お逮夜」といって前日にお勤めされることもあります。
 この中陰法要は、故人を縁として浄土真宗のみ教えを聞き、阿弥陀様のおこころにふれるご縁となるものです。故人も遺族も、ともに阿弥陀様のお慈悲のなかに包まれていることを聞き、感謝の思いでお勤めします。



「中陰」の話になりますと、よく出てくるのが「四十九日が三月にまたがってはいけない。」という話です。仏事に関するものとしては、「友引の日に葬式してはいけない。」というのと並んで根強い俗信となっています。
 「友引」とは、日本では勝負ごとを占うことにつかわれ、もともとは「共引」であり、引き分けという意味であったにかかわらず、なぜか「友を引く」という意味にすり変わりました。
 「四十九日が三月にまたがってはいけない。」は、「始終苦が身につく」の語呂合わせからきたものです。そもそも月の半ばを過ぎて亡くなると必ず三月にまたがります。むしろ、三月にまたがる方が多くなるのではないでしょうか。
 それとも今まさに亡くなろうとされてる方に、「四十九日が三月にまたがるから、あと半月待って。」とでも言われるのでしょうか。



 また一般的に、「中陰」という言葉は、亡くなってからまた生まれるまでの中間のことを意味する「中有」という言葉に由来します。その期間が四十九日となっていますので、故人死後、次の生を受けるまで、生と死との間をさまよっている状態にあるなどいわれることがあります。
 しかし、浄土真宗のみ教えのもとでは、いのちを終えるとただちに、阿弥陀様のおはたらきによってお浄土に往き、仏として生まれられてますから、故人が生と死との間をさまようことはありません。


 大切な方を亡くした悲しみの縁だからこそ、故人の命の姿をとおし、自分自身の命の姿にきずかされ、故人を偲ぶとともに、故人を縁として浄土真宗のみ教えを聞き、故人も遺族も、ともに阿弥陀様のおはたらきによってお浄土に往き、仏として生まれ、お互いが仏として、また出遇えることを聞かせていただく仏縁として大切にお勤めしていただきたいものです。




浄土真宗本願寺派
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