法話

法話(オンライン法話のテキスト版です)

令和8年 7月 法話 「かなしきかなや道俗の・・・卜占祭祀をつとめとす」


 朝の情報番組などを見ていますと、多くのテレビ局において、区切りの時間である7時や8時など、または番組の最後に、今日の運勢ランキングが流れています。また、新聞でも同じようなコーナーがあるようです。
運勢ランキングは、12星座によるものが多いような気がします。誕生日別に12の星座が分けられ、それぞれの星座には性格や特徴があるとされており、私の場合は、射手座にあたります。
これらの情報番組や新聞の運勢ランキングを見る時に、私自身の射手座のコメントを読みつつ、他の星座のコメントも併せて読んでみると気づくことがあります。
ある日の星座占いですが、射手座は「幸せの予感」とありました。しかし、その日は、何をやっても上手くいかない日でした。むしろ、他の星座に書かれていた「試練の日」であるとか「情報から離れる」の方が、その日にあったコメントのように感じました。
それぞれの星座のコメントを冷静に読んでみますと、結局のところ、誰にでも当てはまりそうな内容になっている事がわかります。
そもそも、性格はどのようにして決まるのかという事ですが、ある研究によると、50%は遺伝的に決まり、残りの50%は環境によって決まると考えられているそうです。
曖昧で誰にでも少しは当てはまるような一般的な内容を示すことによって、受け手は「これはまさに自分に当てはまっている」と感じてしまうそうです。占いや性格診断では、この心理的な効果がよく使われているそうです。
占いや性格診断が、多くのメディアに取り上げられているということは、多くの方が好奇心をくすぐられているのかもしれません。

何より、仏教の根本的な教えには「縁起」があります。「縁起」とは、その一瞬ごとにすべての物事は、原因や条件が関わりあって存在しているという教えです。
つまり、現在は過去の行いの結果であり、未来は現在の行いによって作られていくのであり、運勢の良し悪しは関係がないという事になります。また、仏教には「諸行無常」という教えもあり、あらゆるものは常に変化するという意味でありますので、未来も変化する可能性があるわけです。
したがって、私たちの身の回りで起こる一切の事柄は、誕生日などの占いで決まるというような、そんな単純なことではありません。

『浄土真宗の教章』の生活の項には「つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。」と示されています。

普段は占いなど気にしないと思っている方でも、人生で何かに行き詰まったり、不安に押しつぶされそうな時には、何かに頼りたくなります。そのような時に、占ってもらいたくなる人も多いのかも知れません。人の心は、思っているより遥かに弱いものなのでしょう。
弱いがゆえに、私達は知らずのうちに自分の都合で物事を考えてしまいがちです。自分の都合へのとらわれによって、占いなどの現世祈祷にたよる、そのような可能性を持った存在ではではないでしょうか。
たまたま願いがかなったとしても、かなった事によって次の欲が生まれ、その願いがかなわければ、かなわない事で苦しむことになっていくのです。

そのような人間の弱さをしっかりと見つめるなかで、私達は、自己中心的の身であることに気付かされ、そのような私達のために「必ず救う」とおはたらき続けてくださる阿弥陀様の願いを聞かさせていただき、「南無阿弥陀仏」と感謝のお念仏をいただくことが大切なのです。
「南無阿弥陀仏」とお念仏をいただくなかで、現世祈祷をたよりにしなくても、いつでも、どこでも、阿弥陀様のお慈悲に抱かれていると気付かせていただきたいものであります。



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