光源寺ピース文化祭特別日曜礼拝
2025-11-12
みなともに 心和らぐ 文化祭
令和7年11月9日(日)
今年は戦後80年。各地で平和の集いが催されています。長崎市ではピース文化祭も開催されました。そこで、光源寺では、今年第22回を迎える光源寺文化祭を開催するにあたり、「ピース文化祭特別日曜礼拝」を勤修しました。
雨が心配されましたが、なんとか天候も回復。気温も穏やかになったこともあって、本堂には100人近い方が集いました。
今年は戦後80年。各地で平和の集いが催されています。長崎市ではピース文化祭も開催されました。そこで、光源寺では、今年第22回を迎える光源寺文化祭を開催するにあたり、「ピース文化祭特別日曜礼拝」を勤修しました。
雨が心配されましたが、なんとか天候も回復。気温も穏やかになったこともあって、本堂には100人近い方が集いました。
このピース文化祭特別日曜礼拝には、特別ゲストとして和田征子氏をお招きして「原爆投下からノーベル賞まで~そしてこれから~」と題した講演を約一時間いただきました。和田さんは、昨年ノーベル平和賞を受賞された日本被団協の事務局次長を勤められ、授賞式にも参列されたそうです。
和田さんが被爆されたのは、1歳10か月の時。「自分にはそのときに記憶はありませんが、母から何度も聞かされた話をそのまま語らせていただきます」と当時の状況をお話くださいました。そして、「核兵器を作ったのは人間です。だからなくすことができるのも人間です」との信念のもとに「核兵器を作ってはならない。持ってはならない。使ってはならない。そして核兵器で威嚇してはならない」とのメッセージを強く伝えてくださいました。
和田さんが被爆されたのは、1歳10か月の時。「自分にはそのときに記憶はありませんが、母から何度も聞かされた話をそのまま語らせていただきます」と当時の状況をお話くださいました。そして、「核兵器を作ったのは人間です。だからなくすことができるのも人間です」との信念のもとに「核兵器を作ってはならない。持ってはならない。使ってはならない。そして核兵器で威嚇してはならない」とのメッセージを強く伝えてくださいました。
講演に先立って参拝者に披露されたのが、光源寺の音楽サークル「シャンティ」。「シャンティ」とはサンスクリット語で「平和」を意味する言葉です。まさに今日の日にぴったり。
仏教讃歌の「阿弥陀仏の御名をきき」合唱曲「ゆめの世界を」ジャニーズの嵐が歌っていた「ふるさと」をきれいな歌声が本堂に響きわたりました。アンコールは童謡の「ふるさと」。参拝者全員で合唱しました。
仏教讃歌の「阿弥陀仏の御名をきき」合唱曲「ゆめの世界を」ジャニーズの嵐が歌っていた「ふるさと」をきれいな歌声が本堂に響きわたりました。アンコールは童謡の「ふるさと」。参拝者全員で合唱しました。
お昼からは「大人も子どももみんな一緒に子ども会」の時間です。ひかり子ども会のメンバーも光源寺本堂に集まりました。午前中の雰囲気と打って変わってワイワイと賑やかで和らいだ時間となりました。
子ども達に一番人気は昨年に引き続き「射的コーナー」。みんな真剣そのものです。そのほかにも「本堂一周ドミノ倒し」百人一首を使った「坊主はぎ」など気が付けば、あっという間に2時間が過ぎてしまいました。
子ども達に一番人気は昨年に引き続き「射的コーナー」。みんな真剣そのものです。そのほかにも「本堂一周ドミノ倒し」百人一首を使った「坊主はぎ」など気が付けば、あっという間に2時間が過ぎてしまいました。
また、今年初めて試みたのが、「切り絵体験コーナー」。毎回切り絵を出展さていた方が、「子ども達に切り絵を体験させてあげたい」と立ち上げた新企画です。子どもだけでなく、大人も一緒にツバキの花の切り絵に挑戦しました。「難しかった~」「時間がたりなかった」「夏休みの宿題にまた挑戦したい」と初の切り絵を楽しんでいました。
戦時中は、出兵される方の宿になっていたという光源寺。同じ本堂でこの日は大人と子どもがともに阿弥陀さまの前で楽しいひと時を過ごせました。これが平和だなと感じることができた一日でした。また来年もこのような時間を過ごすことがきればと念じます。 合掌
