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活動報告

前住職 七回忌法要
2022-03-24
前住職 七回忌法要

 3月16日、この日は光源寺前住職の七回忌に当たります。
前住職は生前、よく次のような話をしておられました。
「人生には3つの坂がある。「上り坂」・「下り坂」、そして「まさか」という第3の坂が必ずどこかでやってくる。」と。
 その言葉の通り、まさかの坂で娑婆の縁を終え、お浄土へ往生されました。
あれから早いものでもう6年。七回忌を迎えました。
 前住職を偲び、3月16日は、総代会・婦人会・巍々山会の合同で七回忌法要を勤修しました。コロナ禍ではありましがた、60人ほどが仏前に参りました。
 また、18日から勤修された秋季彼岸法要では本堂余間に前住職の写真が安置され、参詣者は各々前住職とのご縁を偲び、手を合わせました。

 法要には前住職が住職就任40年の記念で光源寺新聞に掲載された言葉を皆で拝読し、仏縁を結んでくださったご苦労に感謝のお念仏を申しました。

前住職就任40年の言葉 光源寺新報 平成11年正月号

 「住職を四十年してやっとわかりました。 ただの人です。
ぼやっと生まれて、 ぼやっと生きて、 ぼやっと死ねばそれでいいんです。 四十年住職を勤めてやっとわかりました。
それでいい それでいい まじめにやれば それでいいと。
 お念仏様 南無阿弥陀仏がそれを教えて下さいました。 今はただ念仏申す日々に恵まれました。 そこからすごいエネルギーが湧いてくるのです。
死ぬまで生きる心、 それは全力投球あるのみ。 とてもすごい力が湧いてきます。 なぜそうなったのでしょう。 私には解りませんが、 お念仏申すことがそうさせたのでしょう。
 『わけが解っても、 解らなくてもお念仏申しなさい。 ただ念仏です』 の藤原正遠先生のお言葉が、そんな世界に導いてくださったのでしょう。わけは佛さまの方にあるのですから、 いいんです。
困ったら 南無阿弥陀仏
いきづまったら 南無阿弥陀仏
せつなかったら 南無阿弥陀仏
むなしかったら 南無阿弥陀仏
すべて、如来の大命の中のお仕事、私はただ、 如来さまの命ずるままに、 現在一念を尽くせばいいのです。 結果の責任は、すべて如来様がいだいてくださるという世界。それがあればこそ、安心して生きて、安心して死んでゆけるのです。
 思えば、 住職になって四十年。 一体なにをしてきたのか。
 自分ではいろいろな場面でのはからいや、 苦悩はあったとしても、それが、みんな仏さまのお仕事だったのだと。 念仏しか、ほかはない今日このごろ。 これからも又しかり。
『生き死には 花の咲くごと 散るがごと 弥陀の命の かげろいのなか』
 との正遠先生の歌がいよいよありがたくいただけます。
「無心」それがすべて、「無心」とはすべてお他力さまといただける世界であったのです。




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