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活動報告

婦人会バス旅行~金徳寺・観音寺参拝~
2018-09-27
今年の旅行は「みさき道」を南に
 
野母半島の金徳寺参拝
旅のスタートはいつものように長崎市民会館横、今回の参加者34人はラッキーバスのマイクロバス二台に分乗し目的地へ出発しました。中央橋を通り過ぎ、石橋行の路面電車線路と平行して走り、長崎港を右に見て「御崎(みさき)道」を南へ南へと走ります。そびえる女神大橋を通り過ぎると左手に、九條武子夫人ゆかりの極楽寺の伽藍が見えました。二号車のガイド役は光源寺新報の堀田武弘さん、早速説明が始まりました。“大正三美人”とうたわれ、西本願寺の仏教婦人会創立に尽力した九條武子夫人が長崎市を訪れ、小ヶ倉村(当時)の極楽寺にご巡教されたのは大正14年5月です。極楽寺境内にはご巡幸を記念した「なにかしらず われもひとしう手を合わせ 返さばやまた多くの人に」の歌碑が建っています。”
 バスはどんどん南へ南へ、町村合併で長崎市域は拡大し、野母半島の突端野母崎町まで広がりました。金徳寺は国道499号から分かれた元・野母崎町高浜地区にあります。お寺までの道が狭く大型バスが入れないため、今度の旅はマイクロバスとなったものです。
 
地区の高台に新しい伽藍がそびえる金徳寺、私たちと同じ浄土真宗本願寺派の寺院で、お寺の歴史は400年を越えている古刹です。本堂は開基385年目の平成13年に落慶しました。
 
光源寺との関わりは、隆子坊守の実家と金徳寺は遠戚関係にあり、また水上明雄住職は青年時代、光源寺前住職の「ひかり子ども会」を度々訪れ、子ども会運営のノウハウを学びました。昭和58年7月に光源寺で行った長崎教区子ども会キャンプでは、水上住職が地区の子どもたち十数人を引率して参加するなど、光源寺前住職とは師弟のように親しまれる仲でした。
見事な石垣の上に建つ真新しい本堂、一段高い境内からは高浜地区が一望に見渡せます。エアコンが完備された本堂に着座し「讃仏偈」の唱和、書院に移り金徳寺の坊守や婦人会の人たちの手作り “高浜まんじゅう”をいただき、しばしの雑談に花を咲かせました。帰りには婦人会の皆さんが本堂前に並び、お土産にですと、さらに名物の“高浜マンジュウ”をいただきました。
金徳寺に別れを告げバスはさらに南へ、右手沖に浮かぶ人気の軍艦島を眺めながら、「みさき道」の終点にある天井絵で知られる観音寺に向かいます。
平成17年には長崎の歴史ファンを引き連れて越中哲也先生もこの寺を訪れ、参加した皆さんに越中節で解説しました。
 
「観音寺は約1000年前の平安時代末期に創建されたお寺、ご本尊は国指定重要文化財の千手観音様です。何故ここにこんなりっぱなお寺があるかというと、昔からこの港は重要な貿易港で中国へ渡る要地だったからなんです
 
長崎県の文化財に指定されている本堂の天井絵は江戸時代の終り頃、川原慶賀ら長崎の著名な絵師が描いているんです。このお寺は多くの長崎の人々と縁の深いお寺、江戸時代になると、長崎の人は、必ずここにお詣りに来ていたのです」と。(HP「ナガジン」発見!長崎の歩き方より)
 
今度の旅も越中先生のこんな解説が欲しかったですね。
野母半島に別れを告げバスは逆行、香焼を通り伊王島大橋を渡ります。橋が架かったため伊王島は離島ではなくなりました。島の中央の炭鉱跡にはリニューアルされたばかりのi+Land nagasaki のレジャー施設、ここで豪華な昼食をいただき、今年の光源寺仏教婦人会の旅はお開きとなりました。(H記)
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