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活動報告

光源寺プレイバック 平成11年~平成20年
2018-12-31
黄色の帽子がトレードマークの光源寺の団体参拝。この帽子についていけば、迷子になることはありません。この年は、鹿児島へ。かくれ念仏を訪ねての旅でした。
平成11年(1999年)
 
〇達也住職就任40年記念法要
〇『白道を歩む』発刊
〇薩摩隠れ念仏団体参拝
〇山科別院に御文章書写を奉納
〇達也住職長崎組組長に就任
〇本願寺新報に光源寺の日曜礼拝が紹介される
この年より始まった新しい試み、「光源寺文化祭」 71人・100人を超す力作が書院にならびました。 お茶を飲みながら、身も心もあたたまりました。
平成12年(2000年)
 
〇第一回光源寺文化祭
〇全宗教者24時間平和の祈り
〇『(虫+恵)蛄(ケイコ)春秋を識らず』発刊
〇本願寺山口別院参拝
新しい試みとして始まった合同の「よろこび奉告法要」と「初参式」この年は、最多7人の赤ちゃんが合同の「初参式」に参列しました。
平成13年(2001年)
 
〇光源寺HP開設
〇本願寺別府別院団体参拝
〇越中哲也先生「龍谷賞」受賞
〇本堂落慶10周年
〇光源寺開創370年
「子を想う母の心の美しさ、情の世界を伝えたい」 赤子塚民話の碑が、光源寺本堂の裏手に建立されました。 「十億に十億の母あれど 我が母にまさる母なし」 産女の幽霊御開帳の時には、この碑にも参拝するようになりました。
平成14年(2002年)
 
〇「赤子塚民話の碑」 建立
〇平戸光明寺・風香寺 団体参拝
「第25回世界連邦平和促進 全国宗教者長崎大会」  キリスト教の教会で、仏教の僧侶が読経し、神道の巫女が舞い、イスラム教徒がコーランを読誦。長崎において、宗教者における平和が実現し、全世界へ発信されました。
平成15年(2003年)
 
〇日曜礼拝30周年
〇第25回 世界連邦平和促進 全国宗教者長崎大会
〇『御堂さん』に光源寺が掲載される
 本堂も全席椅子席に変わり、お参りしやすくなりました。 思いたったらすぐ行動。自分の代で法事をしたいと思い立ち、この日は、光源寺第十三代活雷法師の七十回忌法要特別日曜礼拝が勤修されました。
平成16年(2004年)
 
〇信州・越後へ団体参拝
〇お茶のみ法座スタート
〇群生会再スタート
 広島・長崎の宗教者がバチカンを訪問し、ローマ教皇に謁見。バチカンでの原爆写真展開催をお願いする信書を届けました。
平成17年(2005年)
 
〇戦後60年
〇『戦争そして原爆 その悲しみを越えて』発刊
〇達也住職・バチカン訪問
〇岐阜・善長寺団体参拝
〇京都本願寺御正忌参拝
 毎月第四日曜日に開催されている。巍々山会例会。このときは、光源寺サルクとしてボランティアガイドを務める会員が講師でした。
平成18年(2006年)
 
〇「ひかり子ども会展」開催
〇玄成寺解体
〇復活 子ども盆おどり
〇長崎県教委表彰「特別教育功労者表彰」受賞
直也副住職・隆子若坊守の仏前結婚式が行われました。  ホテルニュー長崎で行われた「門信徒披露パーティー」。700人を超す門信徒が祝賀にかけつけました。
平成19年(2007年)
 
〇産女の幽霊紙芝居完成
〇直也副住職仏前結婚式
〇長崎市表彰「市政功労賞」受賞
〇復活 花まつり白象パレード
 光源寺にあるもう一つの寺院・玄成寺。老朽化の為、立て直し工事が行われました。
平成20年(2008年)
 
〇小野田寛郎氏 講演会
〇玄成寺落慶法要
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