本文へ移動

法話

法話(オンライン法話のテキスト版です)

令和3年 11月 法話
法話1
 叔父である越中哲也先生がお亡くなりになり、早いものでもう一か月が過ぎました。
生前の活躍とその功績は今更申し上げるまでもありません。
この度は、私がいただいたご縁を紹介させていただきます。
今から20年前の平成13年6月13日、京都で第12回龍谷賞の授賞式がありました。
その年のが越中哲也先生でした。
越中先生はそのとき79歳。京都までの一人旅を不安に思われたのか、私に同伴の声がかかり、ご一緒させていただくことになりました。
ホテルグランヴィア京都での受賞式が開式され、越中先生が紹介されました。
そのとき、越中先生は、スーツに上から僧侶が身にまとう布袍・和袈裟を着ておられました。
越中先生は、お寺の長男として長崎に生を受け、京都・龍谷大学で学び、僧侶の資格も持っておられます。だから僧侶の恰好での入場がおかしいわけではありません。
ただ、その布袍・和袈裟は見るからに年代物。色は煤け、破れている箇所もありました。
「一言相談くだされば、お寺にある新品を持ってくることもできたのに」とその姿を見て恥ずかしくなりました。
式は進み、受賞者挨拶の場面で、越中先生が受賞のお礼とともに、その布袍・輪袈裟について話されました。
「私は、長崎の玄成寺というお寺の長男として生まれました。龍谷大学を卒業後は、戦争に駆り出されました。終戦の後、古里の長崎に帰ってみると、昭和20年8月9日11時02分、一発の原子爆弾が投下され、長崎の町は一面焼け野原になっておりました。ありがたいことに、私のお寺はなんとか焼け落ちずに残っておりました。私の姿を見るなり父が「今、長崎の町は立ち直るきっかけすらもないような状況である。僧侶として門信徒ひとりひとりに寄り添ってくれ」と頼まれました。そのとき父から手渡され布袍・和袈裟。それはたった一枚残っていた紋付を母が仕立て直したものでした。裾には紋が入っております。それを着て、しばらくお坊さんをしておりました。その後、私はお寺を飛び出し、長崎学という学問の道へ進み、今日の受賞のご縁となりました。しかし、私の歩みの根底にはいつも、母が仕立て直し、父が手渡してくれた布袍と和袈裟がありました。父と母の想いをいつもいただいておりました。本日はお見苦し姿で申し訳ないと思いましたが、どうしても両親と共にこの授賞式に参列したいと思い、この姿で式に臨みました。」
 この私の人生には、この私の「いのち」には、私を支えてくださる願いがあります。父の願い・母の願い、そして「我にまかせよ 必ず救う」と阿弥陀如来さまが私を願ってくださっております。
 この私に寄せられる温かいぬくもりを、かけられた願いを両手を合わせ頂戴させていただきましょう。



法話2
先日光源寺公式インスタグラムを開設しました。お寺での日常や、働いているお坊さんの事、また行事など、ありのままをご紹介しております。良かったら覗いてみて、是非お寺を身近に感じて頂ければと思います。

さて、私がここ光源寺に勤めさせて頂くようになり4ヶ月が過ぎました。それまでは大阪は守口のお寺でお手伝いをさせて頂いておりました。
 ある年の大阪は、大きな地震が来たかと思うと、同じ年に続けてとても大きな台風が直撃し大変な状況に陥りました。
 半年、1年近く経っても屋根にブルーシートが被せてあるお家も沢山見られました。
 ご門徒様のお宅にお参りにあがり「大丈夫でしたか?」とお聞きすると、みなさん口を揃えて「お陰様でなんとか。それよりお寺はどうですか?」とおっしゃいます。
 この普段よく耳にする「お陰様」という言葉ですが、目には見えない「陰」というものに「お」を付け、さらに「様」まで付けて使われています。中には、明らかにお寺よりも大きな被害を受けているお家にも関わらず、それでもまず第一にお寺の心配をして下さる方もいらっしゃいました。
 きっとそこには、ずっとずっと前から世代を超えて大切に相続されてきたお念仏があり、そのお念仏を伝えるためにご門徒の皆様が大切にしてこられたお寺があったのだと思います。私には見えないとても大きな想いがずっと前からそこにはたらいていたんだなぁと感じました。
 思い返してみますと、私が日々手を合わせお参りさせて頂いているのも、小さな頃からあの手この手で私にお念仏を伝えてくださった祖父母、両親、そしてご門徒の皆様のお陰様であるなぁと思います。あるお参り先ではお仏壇にUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)のミニオンというキャラクターの描かれたクッキーがお供えされており、それをお孫さんがじーーーーっと見てるわけです。そのお孫さんに「お参りがおわったらね」とおっしゃるおばあちゃんの言葉に対して、懐かしさと、有り難さを感じます。
 普段、目に見えるものばかりに振り回されて生活しておりますが、本当に大切なものは目に見えないものなのかもしれません。
 目には見えなくても、私の口からでてくださるお念仏は今、確かにはたらいて下さり、ご一緒して下さる阿弥陀様でございます。
 ご門徒の皆様の「お陰様です」の会話の中から気付かせていただく、尊いご縁でございました。


浄土真宗本願寺派
巍々山 光源寺

〒850-0802
長崎県長崎市伊良林1丁目4-4
TEL.095-823-5863
FAX.095-823-7231
 
TOPへ戻る