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法話

平成の時代も残り一年程と思えば、なんだが寂しさを感じます。私の人生四十五年の内の三分の二が平成の時代でした。人生には「上り坂・下り坂・まさかの坂」があり、この坂を繰り返し歩み続けると言われますが、まさにその通りに人生の坂を歩んできました。また、この三〇年の間に光源寺も大きく変化しました。本堂・書院の大修復。玄成寺の建て替え。門信徒会館の建立。前住職の逝去。変化したのは光源寺だけではありません。世の中を見渡しても、パソコン・スマートフォンの普及。各地で起こった震災。核家族化。少子高齢化等々、これまでの常識が通用しないような想定外の出来事が連続した時代だったような気がします。

 またスピードと経済が最優先され、ゆっくりと歩むことを忘れた時代だったようにも思えます。『仏説無量寿経』には、「人はいずれも急がなくてもよいことを急ぎ、争わなくてもよいことを争っている」と説かれてあります。

 「歩」とは「少し止まる」と書きます。進みっぱなしでなく、ときどき立ち止って、そしてまた進む。それが「歩む」ということではないでしょうか。

明治~昭和期に活躍した真宗大谷派僧侶、仏教思想家の故金子大栄師は、「人生をやりなおすことはできないが 見直すことはできる」と言われています。歩みを止め人生を静かに見直すことができる場、それがお仏壇の前であり、仏様に手を合わせるということではないでしょうか。お仏壇で静かに手を合わせていると「あれがあるからこれがある 今あるのは、あのときのお蔭さま」といただくことができます。

 また『仏説無量寿経』には「仏の教化のおよぶところ、国も群も町も村も、その教えのめぐみを被らぬところはない。そのため、世の中はなごやかに治まり、日月は清らかに照り、風雨はほどよく時を得、もろもろの災害はおこらず、国は富み、民は安らかに、軍隊や兵器もまったく用がなくなる。また、人々は徳をあがめ、いつくしみをおこし、つとめて礼儀を重んじ、たがいに譲りあう」とも説かれています。

私達一人一人にとって平成最後の一年が、そしてその先の時代が心豊かで穏やかな人生を歩むことができることを念じます。合掌

   (光源寺新報105号より)

                    
 「いのち」が国有化された時代がありました。 ハガキ一枚で召集された 「いのち」 は、戦場の露と消えていくしかありませんでした。 父が、夫が、兄が、友が次々と失われていった悲しい時の流れは、原爆というとてつもない力で多くの人々の「いのち」を一瞬にして奪い去りました。悲しいことです。その後、終戦をむかえ、平和な時の流れが六十有余年ありがたくも続いてくれています。
 
 でも、「いのち」は、今度は私有化され、 私の「いのち」は自分勝手の使い捨てになったようです。 自分の「いのち」だもの、どんなに使おうが自由。 人の「いのち」も勝手に使い捨て、殺人・自殺に不感になってしまったようです。なんとも悲しいことです。
 
 そして「いのち」が物化され、金銭化される時代となってきています。脳死という美名のもとに 「いのち」 が利用できるものは早く使って、 役立てた方がいいとの考えが優先され、国会で法律を作ってしまわれたそうです。なにか大変な時の流れになってきたようです。
 
 「いのち」は誰のものでもありません。 「いのち」は「おいのちさま」 そのもののお働きです。
 
「生きるものは生かしめたもう死ぬものは死なしめたもう 我に手のなし南無阿弥陀仏」
 
の藤原正遠先生のお歌が 「いのち」は拝みいただくものだと教えて下さるようです。      合掌
 
『光源寺新報第87号』
浄土真宗本願寺派
巍々山 光源寺

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