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法話

法話(オンライン法話のテキスト版です)

令和4年 3月 法話
法話1
春のお彼岸の季節になりました。
あたたくなり、ホッと心も体もやわらぐ季節です。
お彼岸とは太陽が真東から上り、真西に沈む。その日が沈む方向にある西方浄土へ想いを向け、お参りするご縁であります。
また今年の三月は先代住職の七回忌に当たります。
本堂で手を合わせ毎朝のお参りをしていると、ふと、先代住職がよく次のような文言を口にしていたことを思い出しました。

「ご縁ご縁みなご縁 困った事もみなご縁」
「雨が降ったからといって 天に向かってブツブツ言うな 雨の日には雨の日の生き方がある」

お浄土へまいられた先代住職から届いたこの文言。今は私がなにかある度に口にしています。

ところで、
「どんなものを食べたいですか?」
と聞かれたら、どのように答えますか?
好みはいろいろあるかもしれませんが、私なら「美味しいものを食べたい」と答えます。
私たちは、「美味しいものを食べる」ことを第一に考えます。しかしそれ以上に大切なことは「美味しくものを食べる」ことではないしょうか。「美味しい」「美味しく」とたった一字の違いですが、とても大きな違いあります。「美味しいもの」はお金で買うことができるかもしれませ。しかし、いくら「美味しいもの」が用意できても、喧嘩をしていては「美味しく食べる」ことはできません

こういう話があります。
 あるとき、仏様が地獄の住人を集めて食事会を催しました。地獄の住人の前に食事が用意されました。美味しそうな食事ですが、一つ問題がありました。その食事に添えてある箸が三尺三寸ありました。三尺三寸とは約1メートル。その長い箸を使って食事をしないといけません。食事をしようとしても、思うように食べることができません。強引に食べようとすると、長い箸が隣の人に当ってしまいます。すぐに「箸が当たった」「邪魔だ」と喧嘩が始まってしまいました。とうとう一口も食べることができず、食事の時間が終わったそうです。
 
 またあるとき、仏様は極楽の住人を集めて食事会を催しました。同じように食事に前には三尺三寸の箸が添えてあります。極楽の人達はどうやって食事をしたのでしょうか。
 極楽の人達は、互いに向き合って座り、自分の箸で相手の料理を掴み、相手の口に運んでいました。また、自分は向いの人から食べさせてもらっていました。お互いに食べさせ合うことで、無事に食事を最後までいただくことができたそうです。

 同じ食事に同じ箸でも、「自分のものだ!自分だけは!」という思いが強すぎるとうまく食べることができず、「おかげさまで」という思いを大切にすると最後まで美味しく食べることができとたいうお話しです。

「ご縁ご縁みなご縁 困った事もみなご縁」
「雨が降ったからといって 天に向かってブツブツ言うな 雨の日には雨の日の生き方がある」

 コロナ禍で窮屈な日々が続いている時だからこそ、手を合わせて「おかげさま」と美味しく食事をいただきたいものです。
 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏



法話2
光源寺オンライン法話へようこそお参り下さいました。どうか気を楽にして少しのお時間お付き合い頂ければと思います。
 さて、忙しい年末年始が過ぎ、あっという間に桜の季節が近づいてまいりました。
 年末年始、今年は前年に比べてコロナが落ち着いておりましたので、お参りに伺ったご門徒様の中には、「2年ぶりに孫に会えて嬉しかった」なんて方もいらっしゃいました。やはり家族が集まれるということは、今となっては本当に有難いことでございます。
 しかしまた今、少し感染が拡がってきておりますので、お互い油断せず、気を付けながら乗り切りましょう。
 そしてこの時期、よく耳にするのが「正月太り」という言葉です。年末年始に自由に食べて寝る生活をし、なんとも愛らしい体型になってしまった、なんて方も中にはおられるかも知れません。
 私は3年ほど前から、冬の間に好きな物を食べ、そして春頃から7月にかけてそのふくよかになった体型をスリムに戻すということを趣味で習慣にしております。
 そんなしてると友人に、「どーやったら痩せれるの?」とよく聞かれます。
 そこで私は、「週に3回ほどトレーニングをして1日5kmくらい走ってみたら?」と言うと、友人は「わかった!やる!絶対痩せる!」と言います。が、もちろん続きません。「もっと優しいので」と言うので、「それなら食事を制限して、1日30分だけでも歩いてみたら?」と私は言います。
すると友人は「わかった!それならいける!絶対痩せる!」と言います。が、これも続きません。
「もっと、もっと優しいので」と言うので私は「それなら1日5分!5分だけでいいからYouTubeなんかのトレーニング動画を空いた時間を見つけて、やってみたら?」と言うと「わかった!それなら流石にいける!絶対に絶対に痩せる!」と言います。がしかし、これも1週間も続きませんでした。
 そうなると私は「とりあえずお菓子食べるのやめてみたら?」くらいしか言うことがなくなるわけであります。
 このように何かする上であーしなさい、こーしなさいと条件を付けてしまうと、それが出来る人もいれば、それが出来ない人も必ず出てきます。
 浄土真宗でよくお勤めさせて頂く「お正信偈」の中に「建立無上殊勝願」という御文が出てまいります。
 「この上なく優れた願いを建てられた」と意味で。
それは、「私が仏になったらこーゆー仏になりたい。」「私が仏になって建てるお浄土はこのようなお浄土にしたい。」そして「私はこのようにしてあなたを救える仏となりたいと。」と願われ、その願いが成就した如来様がおられました。
 こちらにあーしなさい、こーしなさいと条件を付けた如来様ではなく、私があなたを救える仏でありたいと、自分自身に条件を付けた如来様いらっしゃいました。自らの力では仏になれない、自らの中には仏になる素質も素材もない私の為にご苦労下さった如来様、その如来様を、阿弥陀如来と呼ばせていただきます。
 その阿弥陀様のお心を聞き、今一度自らの生き方を見つめ直させて頂きたいものでございます。


浄土真宗本願寺派
巍々山 光源寺

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